子育てとの出会い
子育てに終わりはあるか。いまみたいな世の中になったら、はっきりした線は引けないでしょう。
昔だったら、元服とか、結婚とか、おとなになる区切りがちゃんとあったわけだけど。
だから親はいつまでも心配なわけですが、まあ、心配も楽しみのうちと思ったらいいです。
心配することがあるなんて大したものですよ。そういう心配をするということが人生なんだから。
心配をしながら「まあこのぐらいの心配はさせてもらうわ」と思って生きるか、心配に耐えられずにふらふらになるかです。
それでも子どもが本気の恋愛をしたら、親の役割もある程度終わったと言えるでしょう。
それで子どもが好きな相手を連れてきたら、まったく親の気に入らないタイプだったということがあり得ますね。
それは子どもが「うちの親はダメだ」と言ってるのと同じなんです。
もちろん「やっぱりあの人は嫌い」とか「あわん」とか、意見は好きに言っていいんですよ。
いくら言ってもいいけど、どんな相手を選ぶかというのは、親がそれまでにやってきたことが全部入った「総決算」として出てきているんです。
それがわかったらなかなか簡単には言えません。
ひとつには、あまりにも密着した関係というのは、裏切りによってしか離れられないところがあるんです。
これは人生のものすごい悲壮なところです。恋人とか、友人とか、親子とか、すごい裏切りによって離れていくことがあります。
裏切りは「裏から切る」って書くように、一般的に言ったら、人間のやることの中で一番最低のことでしょう。
絶対的な信頼関係を無にするんだから。しかし悲しいことに、その最低のことをするより仕方がないときがあるんですね。そのことがわかったら、あとで関係は回復しますけど。
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